日本に運ばれてきた食べ物 2
次から次へとモノに触れ、それを並べ立てて喜んでいる世代が私たちです。
そしてその当時、新しいモノはいいものだった。
戦争中私たちは鉱石ラジオというのを作りました。
ピーピー何をいっているのか全然分からないラジオでした。
ところが、1955年東通工が出したトランジスタ・ラジオは小さくて透明ないい音がする。
真空管などと比べものにならない。
戦争中の自転車は後ろにお米やジャガイモを積んで走らなくてはならないから、タイヤも太く重くて無骨です。
それがどんどんフレームが細くなっていき、スマートになります。